You Only Live Once!

Life is hard so it's exciting, isn't it?

職場での愚痴やめい

お久しぶりの投稿です。

 

 

私の転職先の会社で、
最近少し気になることがある。

 

それは、
昼休みの休憩室にて
ここ最近、とある男性が愚痴を吐き出していることに対してだ。

 

おそらく年齢は40代であろう。

 

まず、誤解しないで欲しいのは、
私は「愚痴を言うな」と主張しているのではない。

 

ただ一つ言いたいのは、
愚痴を言う場所を選ぶのに、
しっかり状況判断するべきだということ。

 

個人的に、あまり男性が公共の場で愚痴を言うのを
私は好まない。というか、情けなさすぎてみていられない。
この部分を見るだけでも、ある程度その人の人間性が図れると思う。

そういう人ほど、BIG MOUTHなわりに

大した能力がないのも事実だったりする。 

   

今回の状況で言えば、
休憩室と言うのは皆の仕事の息抜きの場だ。
たいてい、不特定多数の人が
それぞれに静かに昼食をとっている。
そういった場所で、男数人(厳密に言えば、その男1人)が
会社の人間の愚痴を、しかも特定の人の名前を挙げて話す状況に、

正直言って呆れる他ない。
ちなみに私は、名前を挙げられたうちの一人です 笑

まあ何にせよ、
大の大人の男がよく喋るわ、文句言うわのオンパレードw


まあ、心の中で思うわけですよ。
上司にこっそりチク・・相談しようかとか、
次もまた同じようなことしてたら、注意してやろうかとか。

でも、よくよく考えてみたら
私がその場にいるからいけないんだよなという意見に至ったw
それでも休憩室に居たいのなら、
イヤホンつけて音楽でも聞いてればいいだけやしねw


まあ、人間やってたら
死ぬまで嫌なことから避けられないわけで、
職場で嫌なことがあるなんてザラだし
私だって愚痴の一つや二つは平気でこぼすけど。
職場で、愚痴を言うのは
正直「場違い」だと思うんですよね。

 

家に帰って奥さんに話聞いてもらったり、
同僚たちと仕事終わりに飲みの場で愚痴大会だって
時にはありだろう。

 

ただ、職場はあくまでも
「仕事をする場」と言う認識を
忘れてはいけない。

 

私の知る限り、
こういう人間は一生愚痴を吐いて生きていくので、
手っ取り早いのは、「関わらないこと」。

 

見方を変えれば、
こういう人に出会うことで、
相手に対する自分の反応(感情)が知れたり、
(職場上、関わらざるを得ないので)
どうやって関わっていくことが賢い選択なのか?
そして、職場で愚痴を言わない人は逆にどんな人か、
その人の仕事に対する姿勢だったり、
周りの人との関わり方だったり、
「愚痴を言う人」と「愚痴を言わない人」の違いを発見するのも
個人的には面白いと思う。
(↑私は人と関わる中で無意識にこうやって色んなことを考える癖があるw)

 

人間関係という面で言えば、
きっと学ぶことは多いはず。

 

だから、怒りを出し切った後には最終的に、

「ありがたいなー。」

という気持ちに行きつく、、笑

 

そんな私は、今日は仕事後お疲れモードで
気分転換に外食しました。
食後に食べたストロベリーパフェの中に、
白玉だんごが3つも入ってて
それだけで今日一日幸せやなーって思えます。

 

小さな幸せを日々の中で感じることは
思いの外、難しいのかも知れない。
だけど、ムード(気分)に自分が左右される毎日より、
自分がムードをコントロールできた方が最高じゃない?
私はそういう毎日を生きたいし、
そういう人生を創って生きたいから、
最初は意識してやっていたけど
今となっては無意識に幸せを感じることのできる体質に♡


まぁーるく生きよう。
愚痴の一つ言うヒマがあるのなら、
今日あった良いことを一つ見つける方が
よっぽど心が豊かになれるよ。


以上、新入女性社員(25)が
先輩男性社員(40代)に向けた、寛大なメッセージでしたw

決断の連続

 

かなりご無沙汰になってしまっていたブログ更新。

 

そういえば、数週間前から思い立って不動産屋巡りをしていました。

 

というのも、まあxbfとのことから半年が経ち、

 

あれから色んな思いを巡らせつつも、前向いてくしかない!と奮い立って

 

まずは【環境】を変えよう!と、早速行動に移しました。

 

実は私、かなりの世間知らずでして、、

 

不動産屋のふの字も分からないほど、

 

アパートを探す上でまず何をしないといけないのかとか、

 

気をつけるべきポイントとかその他もろもろ、全くの無知だったんですねー

 

とりあえずネットで物件だったり、あとは不動産屋というものの知識を得るのに

 

色々下調べを念入りにしていて、、

 

場所自体は、田舎すぎず都会のごちゃごちゃ感もあまりないところ、

 

尚かつ利便性もよくて、何より自分が落ち着ける場所で言うと、

 

場所はほぼ絞られてくるので、そこに関する悩みはあまりなかったです。

 

ただ、それ以外の家賃予算だったり、地域ごとの治安だったり、

 

周辺環境、住人の質、部屋だったり、、

 

実際に動いてみて分かったんですけど、本当に大変です。。

 

まあ実家から毎週出てこないといけないので交通費もかかるし、

 

1つの不動産屋に行くのに、店舗で物件見てから実際の物件も見るので、

 

半日はかかってしまうしで、、笑

 

なんせ終始一人でやらないといけないという不安や大変さは

 

ほんと身にしみて実感しました。

 

その甲斐あってか、有り難いことに良いご縁もあり

 

2つの不動産屋にお世話になったんですけど、

 

どちらも感じの良い方で、本当に有り難かったです。

 

とくに最初に偶然伺ったところは本当に熱心に

 

物件探しを手伝って下さって、思わず感激してしまいました。。

 

あーゆう人が上司だったら、ついていきたいなあ〜と思えるような素敵な方でした。

 

最終的にはもう一方のほうに決めたのですが、(おい!)

 

こちらは友人の紹介で、お値段も結構融通利かして頂いたのが大きいですね。

 

 

ちなみに、私が最初出していた条件は、

 

・家賃5万以内

・駅から徒歩10分以内

・オートロック

・南向き(ただし、窓から隣のアパートの部屋が見えるのは嫌)

・バス、トイレ別

・バルコニー付

・キッチン広め

・玄関通路と部屋にしきり(戸)がある(冬だと寒さ・暖房の無駄遣いを防げる)

・洗濯機が室内に設置できる

・治安

・住人の質

 

こんな感じです。

 

ただ、最初の不動産屋で言われたのが、

 

この家賃設定でこの条件全てを満たしている物件は

 

なかなか難しいですよ〜とのこと。

 

そりゃそうですよね、、笑

 

それで、本来決めていたエリアは、実はあまり環境がよくないとのこと。

 

それにも驚きました。

 

とりあえずは最初良いなと考えていたエリアの中から2つ物件を見てきました。

 

安さで言えば申し分ないけど、やはり環境はあまり良くなかったですね。

 

そのあと、環境がいいとされるエリアから3つほど見てきました。

 

やはり、最初にみた物件2つに比べ、環境もよかったですし、

 

お部屋自体も清潔感がありました。

 

こうやって、実際に足を運んでみないと、本当に分からないものだなーと

 

大変勉強になりました。

 

特に、どのエリアは治安が悪いとか、この物件は事故物件だとか、

 

ここの住人はあまり質がよくない、など

 

”女子の初めての一人暮らし”をしっかりと考慮してくださり、

 

治安のよくないとされる場所をちゃんと忠告してくださったのには

 

本当に有り難いなと思いました。

 

まあなんとか物件も決まり、一安心です。

 

 

 

正直、こうやって動いている間も不安なことが頭から離れなくて

 

毎日のように「本当にこれでよかったのか?」と問う日々。

 

でも誰もそれに答えてくれなくて、自分と対話するしかなくて。

 

本当は、「こっちじゃない」って叫びたかったのかも。

 

だけど、それによって全てが変わってしまうのが怖くて言えなかった。

 

「どうしたらいいかな」って相談さえもできなかった。

 

全ての言葉をのどの奥底に押し込んだ。

 

なんでもっとちゃんと向き合わんかったんやろ。

 

なんで楽なほうに流されたんやろ。

 

なんて馬鹿みたいな選択してるんやろ。

 

考えたら後悔ばかりがでてくる。

 

でも、全て自分が決断し、行動したことの結果。

 

前向いて、今置かれている状況でなんとか生きていくしかほかない。

 

 

最後に交わしたメッセージのやりとりの中で

 

大切な人からもらった、大切な言葉。

 

誰かに発することもなく、

 

ただ、自分の心の奥に静かにしまい込み、蓋をする。

 

素敵な思い出とともに

 

あの頃のまま色褪せることがないように。

 

 

私は私の道を歩んでいく。

 

不安ばかりで、押しつぶされそうで、今にも泣きそうで、

 

たまらなく怖いけど、立ちすくんでしまいそうになるけど、

 

あなたがいるから、あなたがいたから、

 

あなたから受け取った力強い言葉があるから、

 

あなたから抱えきれないほどの愛を受け取ったから、

 

どれだけ転んだって、前を向ける。

 

信念を貫き通せる。

 

 

辛いときほど、笑おう。

 

タフな心を持った人でありたい。

 

 

 

 

 

気づき3【人間関係を育むことの大切さ】

 

 

 

【人間関係を育むことの大切さ】

 

高校生になり、私は電車で25分ほどのところにあるT高校へ入学した。

 

この高校の入試は少し特殊で、5教科のうちの1つを

 

体育、音楽などの実技試験とトレードすることができる。

 

私は大の苦手だった数学を体育(バスケ)の実技試験に変更した。

 

 

私はもともと、この高校が第一希望ではなかった。

 

一番行きたかったのは、K高校だ。

 

オープンスクールで見た、国際文化科の生徒の英語スピーチに魅了され、

 

絶対ここで英語を学びたい!と思った。

 

また、ここのバスケ部は当時そこそこ強かったので、

 

勉強面と、部活面を考えた結果、このT高校を受験した。

 

実は、進路相談をした際に担任の先生から、

 

「今の状態やと、T高校はちょっと難しいかもなあ。。

 

でも、チャレンジするのはいいことだと思うよ。」と言われていた。

 

なにくそ!と思い、死に物狂いで受験勉強に励み、

 

受験でも自分の中では手応えを感じていた。

 

 

それから、合否結果発表の当日。

 

その日は少し雲がよどんでいて、ザーザーと雨が降っていた。

 

私は興奮しながら、一目散に掲示板まで走っていった。

 

自分の番号をさがす。

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・ない。

 

もう一度見直してみる。

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

やっぱりなかった。

 

その瞬間、全てを音が消えたのを感じた。

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

それから、また歓声や悲しみの声が、どっと聴こえはじめた。

 

まるでドラマのワンシーンのような瞬間。

 

すごく悔しくて泣いたけど、

 

今考えてみれば、難しいと言われていた学校にチャレンジした自分を

 

よくやった、と褒めてやりたい。

 

 

 

そんなこんなで前書きが長くなってしまったけれど、

 

第2希望で入ったT高校でも、学んだことは沢山ある。

 

 

私は入学したての頃、

 

中学で特別仲が良かったわけでもない子たちと一緒に登校した。

 

だんだんそれが窮屈になってきて、違う子と行きはじめたが、

 

今度はその子と色々ぶつかってしまって気まずい仲に。

 

そのことを相談した相手が、のちに大切な友達となるAだった。

 

私「実は○○さんと〜なことがあって。。」

 

A「そーなんやあ。じゃあうちと一緒にいく?」

 

私「うん!」

 

それから、毎朝、Aと一緒に電車に乗って登校しはじめた。

 

彼女とは中学の頃、共通の友達を介して知り合い、お互いに面識がある。

 

だからといって、特別仲が良いわけでも全くなかった。

 

1年の頃、彼女とはクラスが違ったし、私は部活にも入っていたので、

 

朝の登校のときだけ、彼女と一緒にいた。

 

 

私は高校で、たくさんの友達を作りたいと思っていた。

 

それは、中学の頃に広い交友関係が築けなかったからだ。

 

だからこそ、高校では色んなコと仲良くなろう!と意気込んだ。

 

中学では絶対しなかったことだけど、

 

高校では、朝ほぼ1番乗りで教室に着いたので、

 

教室に入ってくる子たちに「おはよう!」の一声だけでもかけてみよう!

 

そう思って、実践してみたら、気づけば沢山友達ができた 笑

 

1年の頃は仲のいい5人グループができて一緒にいたり、

 

文化祭の準備も積極的に手伝ったことで、

 

そのあとに色んなコとご飯を食べに行って、遊んで、仲良くなったり、

 

夏休みに友達と染め粉を買って2人で分けて染め合いっこして若干悪したり 笑

 

みんな明るくて、おもしろくて、優しくて、学校に行くのが毎日楽しみだった!

 

自分次第で周りの環境って良くなるんだな!って実感した。

 

 

2年生になって、Aと初めて一緒のクラスになった。

 

それからは、朝の登校もクラスでの関わりもプライベートでも、

 

Aと過ごす時間が自然と増えていった。

 

今振り返ると、この当時の私の性格は最悪だった 笑

 

自分勝手で自己中心的、気分の抑揚が激しくて、相手を振り回す。

 

自分が一度でも嫌だと感じた人とは縁を切ろうとしたり、

 

言ってることに一貫性がなかったり、頑固だったり。。

 

何が原因だったのかは忘れてしまったけど、(Aはきっと覚えていると思う 笑)

 

当時、Aはそんな私のことが100%理解できなくて、嫌いだったみたい 笑

 

ある時、

 

「私こんな性格やのに、なんでAは私から離れたりせんの?」

 

って聞いてみたことがあった。

 

そしたらAから返ってきたのはこんな言葉だった。

 

「うちは一回仲良くした子とは、すぐ離れたり、

 

縁切ったりみたいなこと、できひん性格やねん。」

 

 

Aからしたら、こうゆう考えが逆に

 

マイナスに働いてるって思うかもしれないけど、

 

当時の私はそんな考えのできるAをすごく尊敬した。

 

それに、Aみたいな人になりたいと思った。

 

いつも、嫌な人は嫌!で関係をスパっと切ってばかりだと

 

いずれ友達もいなくなってしまうだろうし、

 

相手のマイナス面が見えても、よほどのことでない限り、

 

苛つかず、目をつむったり、広い心で許したりすることって、

 

友達関係もそうだけど、これから先、人とうまくやっていくのに

 

すごく大事なことだな、と気づかされた。

 

 

それからは、性格だからすぐには直すのは難しいけど、

 

極力Aの良いところを見習うように努力した。

 

その中で、A自身も、真逆の性格の私から、

 

自分の意志を持つことや、積極的になることとか、

 

私がマイナスだと思っていた部分を

 

逆に私みたいになれたらいいのになあと言ってくれたことが嬉しかった。

 

それから、Aとの関係もさらに深まったように思う。

 

そんなAとは、大学は離れてしまったけど、

 

社会人になった今でも

 

私にとって一番の親友。

 

性格が真逆だからこそ、

 

時には「ん?」って思うようなこともあるけど

 

それでも、私はきっとAから離れることはないと思う。

 

 

一度でも大切にしたいと思えたなら、

 

どんなに嫌な面があっても、

 

ぶつかることがあっても、

 

根気よく向き合うこと。

 

見返りを求めずに与え続けること。

 

簡単に手放さないこと。

 

人間関係を築く上でとても大切なことだ。

 

 

 

 

 

 

私は、親友のAから、

【人間関係を育むことの大切さ】

を学んだ。

 

 

母親とのこと。

今日は珍しく、ブチギレた。

 

相手は母親。

 

別にたいしたことじゃない。

 

本当に些細なことだ。

 

 

私は今朝から用事で出かけていて、家に帰宅したのは昼過ぎだ。

 

母親も出かけていたのを知っていたので、昼ご飯がいるかわからなかったけど、

 

とりあえず待ってみようと、それから2時間が経過した。

 

もう15時だ。遅すぎる。お腹すいた。。

 

朝から何も食べていなかったので、待ちきれずに、

 

冷蔵庫から残りもののハヤシライスを取り出して、温めて食べた。

 

それから母親が帰宅してきた。

 

私はそのとき、友人と非常に大事な電話をしていた。

 

電話中、後ろで母親が『え〜〜〜!ハヤシライス食べられとるし〜〜〜!』と

 

小言を言っている。

 

私は電話越しの友人の声が聞こえず、母親に「シっ!」と合図する。

 

電話を切ったあと、後ろで大きな音を荒立てて買ってきた食材を置く音。

 

はあ、、怒ってるな、、

 

「ごめん、このルー半分にする?」と母に言う。

 

母は、買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込み、こっちを見ようともしない。

 

『ええで。別に。』

 

完全に不機嫌そうな顔。

 

「いや、なんで切れとん?」

 

『いや、何も。別に。』

 

、、顔を合わそうともしない。

 

「いや、不機嫌そうな顔しとるやん。おかしくない?」

 

『はいはい。私が悪いです。すいません。』

 

この母親の言動が私をブチギレさせた。

 

「いや、いっつもそうやけど、それがおかしいって言ってるねん!

 

はいはい、私が悪いです。って言えばそれで問題解決するんか??」

 

『いや、もうええから。私が全部悪いです。』

 

この投げやりな態度に、最上級に頭に血が上る私。

 

「先に不機嫌になったのは自分のほうやろ?それで問題が勃発してんのに

 

"はいはい。私が全部悪いです。"ってその投げやりな態度なんなん?!

私はお母さんがなんで怒ってるか、お母さんの考えが知りたいから

 

こうやって話しようと向き合ってるのに、お母さんは私のほうを見もせんと、

 

それでその投げやりな態度って、、ちょっと間違ってへんか?!!」

 

それでも頑なに、自分が悪いとか、私が謝ればえんやろ、的なことを

 

終始言うもんやから、まったく会話が成立しない。。

 

私は我慢の尾が切れて、暴言のオンパレード。

 

私は本気の本気で怒ると、異常なまでに大きな声で、ボロクソに言う。

 

まあ、普段はほとんどそういった部分は出ないのだが。

 

母親にとっては、たいした問題でないから、話し合いをするまでもないと言う。

 

だが、いくら些細なことでさえも、起こったことは起こったことだ。

 

2人の間で微妙な空気を長時間作りたくないから、

 

母親がなぜ怒ったのか、その経緯が知りたいのだ。

 

まず根本的に、不機嫌になって空気を悪くしたのは紛れもなく母親のほうだ。

 

たいした問題ではないと言うが、そこまでたいしたことないのなら、

 

不満そうな態度や表情を終始、私の前で出すな!と言いたい。

 

それが表面化したからこそ、私はどうした?となるのだ。

 

それと、今に始まったことではないが、

 

母親は事あるごとに、もういい。別に。私が悪い。私が謝ればえんやろ。

 

そうやって、投げやりな言葉を出す。

 

いや、それで問題が解決するんか?

 

一方が話に耳を貸さず、もう一方が必死に向き合おうとする。

 

この状況おかしくないか?

 

母はいつもこのパターンだ。

 

私はこういった状況が世界で一番大嫌いだ。

 

こういう部類の人間も世界で一番大嫌いだ。

 

だから、私はおもいっきしブチギレた。

 

別に母親が悪いとも、私が悪いとも思わない。

 

誰も悪くはない。

 

ただ、会話が少なすぎるのだ。

 

母親は何も言わず、ぶつぶつ不機嫌そうにするだけだ。

 

いつも話し合いの場を提供しているのは私だ。

 

問題を解決しようと歩み寄っているのは私だ。

 

私は怒りのエネルギーを出してでも、自分のことを伝える。

 

相手のことも知ろうと、耳を傾ける。

 

母親は自分のことを説明もしないで、問題解決を放棄する。

 

それが親子関係でいい関係とは到底思えない。

 

これは親子だけに限らない。

 

人と人はそれぞれ考え方を持ち、解釈の仕方も人それぞれだ。

 

だから、どちらもがお互いに自分のことを伝える必要がある。

 

そして、お互いに耳を傾ける必要がある。

 

 

私は自分が偉いとは全く思っていない。

 

だが、おかしいと思ったことは

 

相手が年上だろうが、母親だろうが、

 

自分の主張は100%伝える。

 

それが私のスタイルだ。

 

それは同じ過ちを繰り返したくないのと、

 

その人との関係をよりよくしたいという

 

心の表れからくるものだ。

 

 

やはり、私は

 

母親とは根本的に合わないなと思う。

 

そういう違和感はあっていいと思うし、あって当然だ。

 

相性の良い悪いは必ずあるから。

 

ただ、この手の人間は非常に苦手だなと思う日々である。

 

 

また無駄な怒りのエネルギーを使ってしまった。

 

反省。。

 

 

 

 

気づき2【努力は必ず報われること】

 

 

 

【努力は必ず報われること】

 

中学でもバスケ部に入りたかった私は、

元々行くはずの中学にバスケ部がなかったため、

バスケ部のある市内の別の中学に転校した。

小学生の頃からミニバスをしていたからか、

中学に入る前から、

「わざわざ転校してまでバスケ部に入る子がいる」と

転校先の学校で噂になっていたようだ。

 

小学生の頃と違い、

「先輩」「後輩」「上下関係」たるものがあるのだとその時知った。

3年生の先輩はなかなかイケイケのお姉さんで、大人で、でもちょっと怖い印象。

2年生の先輩は素朴で穏やかで優しそうな印象だった。

この時、私だけが経験者で他は全員初心者スタートだった。

3年生の先輩が私をすごく可愛がってくれたし、褒めてくれたし、

2年生の先輩も1年の私の仲間も、いつも私と仲良くしてくれて

それは3年間変わらず、私はどんなときでもチームの中心にいた。

今思えば、それはきっと3年間ずっと「謙虚さ」を忘れず、

大きな顔して威張ることなく、出しゃばらず、

控えめな姿勢で仲間に接していたからかな。

あとは私が元々もってる「天然さ」が良いように働いてくれてたのかな、と 笑

そんなこんなで、仲間には非常に恵まれた、

バスケ人生でも一番楽しかったのが、この中学の頃だった。

 

バスケに関して言えば、私の母親がミニバスでコーチをしていたのだが、

中学でも外部コーチとして、

バスケを教えてくれたり、試合でもベンチに入って監督をしてくれていた。

母親というよりは、むしろ「コーチ」というほうがしっくりくるくらい、

母がコーチとして私に接していた時間のほうが圧倒的に多かったように思う 笑

そんな私の母は、自分の娘だからといって特別扱いは一切しなかったし、

むしろ、私には人一倍当たりがキツかった、、笑 非常に厳しかった。

 

そして、ある日の夏休みに母が1枚のA4用紙を私に渡してきた。

「これお母さんが作った表(方眼柄)やから、

部活時間以外でシュート練習して、入った本数分、マス目に色を塗っていき。

全部で5000あるから。夏休み中に5000本シュート練習しーな。」

 

私は言われた通りに取り組み、

夏休みはひたすら部活後や休みの日に自主練をしていた。

結果、5000本ちゃんと達成しましたからね 笑

 

そしたら、夏休み明けに行われた試合で、

今までにないほどの確立でレイアップシュートが決まり、

1試合で10本もの3ポイントも決まった!

これには自分自身が一番驚いた、、笑

 

それと同時に、

部活が終わってすぐに帰る人もいた中で、

一人で黙々と自主練していたあの悪夢の5000本があったからこそ、

ちゃんと努力をしていたからこその結果なんだなと。

コツコツ努力していれば、いつか必ずどこかで報われる日がくるんだなと。

 

その日の試合帰りの車内で、

「自信」に満ち溢れた清々しい顔をしていた自分を

今でも忘れることはありません。

 

 

 

 

私は、バスケットを通じて、

【努力は必ず報われること】を学んだ。

 

 

気づき1【最後まで諦めずやり遂げること】

いつからだろう。。

 

きっと無意識に「気づき」を体現していたのは、

 

さかのぼってずーっと前の小学生頃かな。

 

 

 

【最後まで諦めずやり遂げること】

 

このことを学んだのは、小学生の頃。

私は小学3年生から6年生までの3年間、母の勧めで

隣町にあるミニバスケットボール教室(以下ミニバス)へ通うことになった。

母が私にミニバスを勧めたのは、

地元だけでなく、外でももっと友達を作ってくれたらなあ、という理由からだ。

 

私はこのミニバスがどうも好きではなかった。

バスケは好きだったけど、教室で一種の嫌がらせを先輩や後輩から受けたからだ。

まずその大きなきっかけとなったのが、

私が5年生の時に副キャプテンに任命されたこと。

この教室では通常、毎年

最高学年である6年生の中からキャプテン・副キャプが各1人ずつ選ばれる。

しかし、例外的にその時は私が副キャプとして選ばれたのだ。

そうなると、練習や試合前のウォーミングアップで列になって走る時、

私は一番先頭で、キャプテンの隣に並んで走ることになる。

だが、ある日の試合前のウォーミングアップ中、

6年生のキャプテンに突然睨まれて、こう言われたのだ。

「Sちゃん(私の名前)、別に私の隣に来んでもえんやで。」

ショックだった。

そのあと、彼女はお気に入りの後輩を私の並んでいたポジションに呼んで、

私はどうすればよいのか分からず、黙って最後尾に移動した。

つらかった。

それからは、しり込みしながらも、

なんとか彼女から嫌われないように、

好いてもらえるように、仲間に入れてもらえるように

試合に持ってきたおやつを分けてあげたり、笑顔でいるようにしたけど、

やっぱり怖くて、頑張ってるつもりなのに、何故か目の敵にされてるようで

ビクビクしながら過ごしていた。

ある後輩からも、

「なんで(バスケ上手くないのに)Sちゃんが副キャプテンなん?」

と言われたこともあった。

それまで一度も愚痴を言ったりせずただただ静かに耐えてきた私が、

ある日溜まっていたものが一気に溢れ出たかのように、

帰りの車内ですすり泣きしながら母親に言った。

 

「、、おかあさん。もう、バスケやめたい、、」

 

すごくすごく勇気を出して放ったその言葉に対して母親は、

「そっかあ。。辛かったんやね。

だけどね、一度始めたことは、最後まで諦めずにやり遂げるって

すごく大事なことやと思うんよ。

今やめたらきっと、あとで後悔すると思うなあ。

ミニバス卒業まであともう少しやん。

もう少しだけ、頑張ってみぃひん?」

 

 

 

 

「、、わかった。」

 

そう返事をして、なんとかやり抜いた3年間。

 

卒業して振り返ってみたときに、

色々辛いことはあったけど

でも、あの時やめなくてよかったなと心底思う。

最後まで諦めなかったからこそ、手に入れることができた「達成感」を

存分に味わうことができたのだから。

 

 

 

 

私はこのとき、

【最後まで諦めずやり遂げること】の大切さを

母親から学んだ。

 

 

5年という時間

お久しぶりです。

 

投稿が空いてしまった間に、大きな出来事が1つ。

 

学生時代、留学当初からお付き合いしていた外国人の彼との関係に

 

今月の16日、終止符を打ちました。

 

約5年間、共に色んなことを乗り越えてきて、

 

酸いも甘いもたくさん経験させてもらいました。

 

きっとこれから先、これ以上の大恋愛をすることはもうないかもしれない。

 

これほどまでのドキドキ感や不安、失う怖さ、日々の新しい発見、

 

すぐに会える距離でないことからくる極度の孤独感、虚無感、不安定な感情、

 

再会したときの言葉にできないほど胸いっぱいの幸せ、そして別れの寂しさ、

 

考え方や文化的背景の違いから生まれる、数えきれないほどの喧嘩、言い合い、

 

相手を知りたい、自分を知ってほしいという純粋な気持ちで

 

努力を積み重ねてきた、英語でのコミュニケーション。

 

まだまだたくさんの、書ききれないほど多くのことがありました。

 

彼とだったからこそ、国籍や言語という壁をも超えて、

 

信頼関係が築けたのだとおもいます。

 

この疑い深く、用心深い私が、100%の信頼を寄せていた相手なのですから。

 

そうでないと、こんなに辛い遠距離恋愛は絶対5年も続かなかった。

 

だから、結果的にお互いが"別れ"を選ぶことにはなったけど、

 

彼から得たものはお金には代えられない、大切な私の財産です。

 

今でもすごく尊敬しているし、彼の良いところは積極的に吸収していきたい。

 

 

 

まあ、周りには本当にびっくりされたけど、

 

私が自身の恋愛を通してわかった

 

国際遠距離恋愛をうまく乗り切る方法としては、

 

1. 相手を信じること。

 

  浮気を疑ったり、何をしているのか不安になったりもします。

  ですが、信頼なしに良い関係は築けません。

  それよりも、「大丈夫だ!」とポジティブに考えることが大切です。

 

2. こまめに連絡をとること。

 

  今の時代、Skypeなどで相手の顔を見ることもできますよね!

  たった1行の「おはよう」「おつかれさま」「おやすみ」でもいい。

  わずかな空き時間の電話でもいい。

  コミュニケーションをとることは非常に大切です。

 

3. 明確な遠距離期間を決めておくこと。

 

  例えば、期間を1年間と決める。

  そうすると、あともう少し我慢すれば会える!と思えるし、

  それまでの間、頑張れますよね。

 

4. 1人の時間を充実させること。

 

  遠距離恋愛による生活リズムの変化から、時間の使い方も変化します。

  これをポジティブに捉えることができるかが大切です。

  例えば、語学の勉強をしたり、趣味や自分磨きに時間を使うなど。

  相手に依存してばかりでは、良いことなんてありません。

 

5. 相手の住む街を訪れること。

 

  1度相手の住む街を訪れると、より強い関係が生まれます。

  相手がどんなところで生活しているのか、どんな友人がいるのか、

  相手の状況を知ることができれば、離れていても安心感が違います。

 

6. 将来を計画を明確に立てること。

 

  学生時代の遠距離恋愛は勢いでなんとかなりますが、

  大人になってからは目標やプランが必要です。

  どちらから引っ越してきて結婚を前提とした同棲をする・・

  というのが理想ではあるけど、なかなかそうもいかないですよね。

  そんなときは、1年後に今後について話し合いをする・・でもOK!

  とにかく、女性にとって先が見えないことが一番の不安です。

  お互いの目標を一致させておくことが重要です。

 

 

私たちの場合、コミュニケーションを怠っていたこと、

 

そして将来の計画を明確に立てること、この2つが欠けていました。

 

コミュニケーションで言えば、5年も付き合うとなあなあの関係になってしまい、

 

お互いに毎日連絡しなくてもいっか、という安心感から

 

連絡を怠っていたことが多かったし、

 

コミュニケーションの質もあまり良くなかったと思います。

 

良くいえば、互いに相手への不安がなく信頼していたのかもしれませんが 笑

 

あとは、次にあげる将来の計画ということにも繋がりますが、

 

深い内容の話があまりできていなかったように思います。

 

その原因の1つに、私の英語力の低さもあると思います。

 

また、

 

自分自身が向こうでどうしたいのか、

 

大学に通いたいのか?なら、専攻は?

 

働きたいのか?なら、どの業種のどの職種?

 

自分は専業主婦で働かずに養ってもらいたいのか?

 

最低限生活に必要な分は自分で稼ぎたいのか?

 

バリバリ働きたいのか?

 

自分自身のキャリアや生活環境に対する考えが

 

全く定まっていなかったのも原因の1つだと思っています。

 

だから、彼の提案すること1つ1つに心がなびいてしまい、

 

自分が何をしたいのか全くわからない・・!!!

 

といった一種のパニック状態になっていました。

 

これに関しては、今も模索中でありまして、、

 

非常に大問題ですよね。

 

ここの部分がちゃんと噛み合っていないと、のちに必ず問題が発生します。

 

 

あとは、国籍も言語も生活環境も異なった男女が一緒になるのに、

 

やはり、お互いを理解しようとする努力が欠けていては

 

結婚後、今以上に複雑化するであろう様々な問題に対処できません。

 

私ができていたとしても、相手ができていないと

 

やはりちゃんと1つのチームとして機能しないし、

 

そこに関しては相手だけでなく、私にも責任があると思います。

 

 

そんなこんなで、喧嘩したり、憎しみあって別れたわけでは全くないのですが

 

やはり、お互いの向いている方向に若干のズレがあること、

 

そして同棲を目の前に、少しずつ現実的になってくることで見えてきた

 

様々な不安要素を考えると、

 

相手との結婚に不安感を覚えてしまい、

 

向こうでうまくやっていく自信をなくしてしまったんですね。

 

こんな不安定な状況で、流れで同棲して、結婚して、、

 

なんてこと私はできないので、

 

不安があるのなら、それは踏みとどまったほうがいいという

 

サインだと判断しました。。

 

そして、相手も私と考えが一致していたのもあり、

 

別れることに双方が納得した、という感じですね。

 

 

いやー、、

 

まさかこんなことってあるんですね 笑

 

人生は本当に、どうなるかわからないものです。

 

この先、別の人生のパートナーを見つけるかもしれない。

 

はたまた、ずっと独り身かもしれない。

 

ご縁があって、また彼と結ばれるかもしれない。

 

ほんとうにわからないものです。

 

ただ私は、今ある最善の選択をした。

 

それだけのことです。

 

正直、辛くないのかといえば、それは嘘です。

 

心にぽっかり穴が空いたような気分です。

 

でも、後ろはふり返りません。

 

私の大切な大切な思い出、

 

心の一番奥のほうに大事にしまっておきます^^*

 

 

この5年間、

 

たくさん愛してくれて、

 

いっぱい支えてくれて、

 

どんな時も想ってくれて、

 

ほんとうに

 

ほんとうに

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

あなたが大好きでした。

 

 

心の底から、

 

愛していました。

 

 

 

私は世界一の幸せ者でした。